電子出版についてのここだけの話!
発売以来アップデートを重ねているCLIP STUDIO PAINT。上位グレードのEX Ver.1.3.9からは、作品データをAmazon Kindleフォーマットで保存できるようになりましたが、皆さんすでにお試しいただけましたでしょうか?まだまだ様子を見ている方、そもそも「KDP(
Kindle ダイレクト・パブリッシング)」って何?という方も多いと思います。
そこで、KDPにおけるコミック出版のトップランナーの一人、『アニウッド大通り』が人気の記伊孝先生にKDPについて、そして作品についてたっぷりとお話を伺いました。
記伊孝先生 プロフィール
漫画家 神奈川県横須賀市出身
過去作品に「犯罪交渉人峰岸英太郎」等の連載や、「四方世界の王」の挿絵など。
2013年Kindleにて漫画「アニウッド大通り」を発売開始。星海社からコミックス版も好評発売中!
ホームページ http://momowaka.jimdo.com/
Twitter @momowakawaii
『アニウッド大通り』記伊孝先生スペシャルインタビュー
――まずは先生ご自身について簡単に経歴をお聞かせください。
デビューは異常に早くて、高校生の時、1993年ごろですね。それから色々あって(笑)、完全にマンガから離れてブラブラしていた時期もあります。代表作はヤングマガジン別冊で連載した『犯罪交渉人峰岸英太郎』などです。それが5巻くらいまで出ました。そのあとまたブラブラが始まってしまいまして(笑)。
色々やっていたんですが、上手くいかなかった時期があって、持ち込みとか投稿商業誌のやり方が良くわからなくなってしまって……。仕切りなおすために、一度自分で好きなものを描いてみようと思ってはじめたのが、今回の『アニウッド大通り』です。
――『アニウッド大通り』はアニメの現場が題材になっていますが、先生自身がアニメ制作に携わった経歴があるのですか?
実際に制作には携わっていないのですが、宮崎駿さんの「小金井塾」という所に半年間在籍していました。それが、アニメに片足を突っ込んだ体験ですね。アニメーターというよりも演出家の学校だったので、皆で動画をガリガリ描いていたわけではなくて、ちょっと特殊ではありましたね。
――演出を学ぼうと思ったのはマンガに生かせる、という狙いもあったのでしょうか?
最初の面接のときから「マンガにリベンジしに来ました」みたいなことを言ってるんですよね。最初からアニメーションに行くつもりはないな、というのは自分の中にありました。ただ、マンガ自体に限界を感じていて。
――『アニウッド大通り』の時代設定というのは、先生にとってリアルタイムの少年時代だったのでしょうか?
そうです。あと、なぜ現代じゃないのかと言うと、現代だと、ここから主人公が「アニメを作るぞ!」と言った時に夢がないって感じがしちゃって(笑)。
演出塾に行っていたときにも、庵野(秀明)さんとかに「お前たちには、もう先がない」ってハッキリ言われているんですよね、僕ら。「アニメなんてやめた方が良い」ってさんざん言われて(笑)。80年代くらいに樹貴君とかが感じていたアニメの未来でないと、描くのは難しいな、と。
――クールジャパンなど、アニメが市民権を得た一方で、その先どうなるの?というのが見えてこないですよね。
一回完全にピークが来ちゃっているんですよね。でも、樹貴君の世代だとまだイケイケの状態で、その頃の方が自分としてはリアリティがあって楽しく描けそうだなと。
――先生と同世代の読者の方が懐かしんで読むというだけでなく、もっと若い世代、樹貴君の感覚を経験していない世代にも受け入れられているのは何故でしょうか?
申し訳ないんですが、それが全く考えていなくて……。同年代、もっと言えばマンガ家をターゲットに描いていて。後で若い子とかに感想を聞くとホント申し訳ないな、と思います(笑)。でも、自分としてはもう「普通に面白いね」とか「(自分は面白いと思わないけど)たぶんこれが面白いんだろう?」という状態では描けなくなっていて、「自分だけでもいいから面白い物を描かないと」というところまで追いつめられていました。
唯一言えることは「嘘はついていない」ということです。あの頃に夢を抱いていたことは本当ですし、ワクワクしていたのも本当で、それしかない。読者に向けてというよりも自分が面白がっているものがあれば伝わるかな、という淡い期待だけでやっています。
――先生の子供時代だと周りの方や、周りの環境はポジティブだったのですか?
「大きいものに包まれていた」というのをすごく感じます。昔の作品はとにかく作り手が「大人」で、初期の東映動画の世界なんかは、本当に「子供向け」というか、優しい世界なんですよね。そういうのが幼心に心地よかったですね。「この世界は悪くないよ」と言ってくれているような感じがします。
――そういった時代の中で、先生がマンガ家を目指したきっかけは何だったのでしょうか?
それこそ幼稚園の頃から見よう見まねで描いていたのですが、実際はマンガに縁遠い家で、ちゃんとマンガを買ってもらったことがほとんどないんですよ。ただ、物がないと渇望が生まれるので、とりあえず自分で作るしかないという感じで。
――マンガ作品として投稿や、きちんとペン入れなどを始めたのはいつごろでしょうか?
中学校1年生くらいですね。当時「進研ゼミ」というのに入っていまして、全く勉強はしていないのですが、半期に一度くらい「進研ゼミ」を取っている子たちが投稿するマンガの大会があるんです。
それが送られてくるのだけが楽しみで。その中にものすごく面白い作品があったんです。戦記物みたいなやつで、それを同い年の子が作っているというので、ものすごくカルチャーショックでした。
それで、自分も描いてみようとなるわけですが、当時自分は中二病まっしぐらで「AKIRA」とかにすごくハマっていたわけですが、思い切りそのパクリのようなものを描いて……、全く箸にも棒にもかからない(笑)。その時に初めて独りよがりじゃダメなんだ、というのをすごく感じましたね。
――最初は紙とペンで作画されていたと思いますが、デジタルに切り替えたのはいつごろでしょうか?
『犯罪交渉人峰岸英太郎』が終わってからしばらくブラっとしていたのですが、その頃WEBマンガとかもはじまっていて、そこで2作品位描いたのですが、その時アナログと半々くらいで使っていました。フルデジタルになったのが今回(『アニウッド大通り』)からです。
――紙からデジタルに切り替えようと思った理由は何でしょうか?
今回の様にアシスタントを使わずに自分だけで描いているスタイルだと、どうしても(労力的に)アナログでは無理なので、決断は早かったですね。
――今はペン入れから全てデジタルという事ですが、違和感などありましたか?
元々僕はそんなに絵が得意な方ではないので、デジタルの恩恵を受ける側の方でしたね。アナログにこだわりがあったらややこしかったかもしれませんが、あまりこだわりもなく、むしろ助けられています。
――デジタルに移行して一番効率化されたのはどの工程ですか?
何せ下描きですよね。元々デッサンとか全くやったことがなかったので、無茶苦茶な描き方をしていたのですが、そういうのを一からなおしています。ようやく絵ってちょっと面白いのかな、と思い始めてきました。
デジタルだと色々考えてもらっているというか、「こうやりたいな」と思った機能が必ず先回りして用意されていますね。
――絵にはあまりこだわりはなかったけど、デジタルで機能を使いこなす中で、楽しくなってきたという事ですね。
いやー、楽しいですね。実は絵にそんなに興味が持てない時期があって……。絵がうまくなったから内容が面白くなるってことはあまりないんです。内容というのは取り返しがつかないというか、徹底的にやる時期がないと内容って深くならないので、成長曲線があるのなら、先に内容の方を取ろうというのはありました。絵って描いていればうまくなると思うので。僕が言うのも偉そうなんですけど(笑)。
――先生自身はマンガをよく読む方ですか?
そんなにたくさんは読まないですね。小さいころに読んでないので。ただ、好きなものは穴が開くほど読むタイプです。
――マンガを読む際、紙の本と電子書籍とで、こだわりや、メリット、デメリットは感じますか?
自分の感覚として、学ぶためには紙の本が良いと思うんです。若いうちは紙に触れていた方が、脳に刷り込まれる量が違う気がするので。
一方、情報収集をするには電子書籍が良いですね。1話無料とかもいっぱいあるので、色々なものに興味を持つことができる。ある程度年を取って学ぶものがなくなってくと、情報収集手段として電子書籍は便利ですね。
――ご自身の作品で電子出版を始めたきっかけは?
順番から言うと、pixivでWEBマンガを描き始めたのが先ですね。そのあと、ニコニコ静画とかできてきて、色々なところに顔を出していく形で。
その時は本当に何の当てもなく描いていて、「描いていれば何とかなるだろう」という感じだけでやっていました。そうしているうちに、KDPができたんですが、先に文章系の人と仲良くなっていて「KDPで出したよ」という話を聞いて興味を持ちました。
――KDPで公開する前の作品の反応はどうでしたか?作品がここまでの広がりを見せたのはプロモーションの力なのでしょうか。
やっぱり最初は苦しいですよ。オリジナルで、なおかつ題材がこれで……。今でも苦しいっちゃ苦しいんですけど(笑)。でもそれ自体が面白いというか、これをちょっとでもひっくりかえせたら面白いなと。
一番最初はTwitterもやっていなかったんです。作品を描き始めてからTwitterをやっていたら、とよ田みのる先生にいきなりフォローしていただいて。フォロアーも20人とか30人の頃です。そこで作品を紹介していただいたことが、ものすごく救いになりました。本当に有難かったですね。それまで存在としては死んでいたので(笑)。
――無料のWEBマンガからはじめてTwitter等を利用して、戦略的にPRされていたのかな、とも思っていたのですが、実際はそうでもないという事でしょうか?
今まで全くやっていなかったのが良かったんですよね。足を踏み出せばそこに何か方法があるので、そこで一つ一つ面白がっていました。
――KDPだと作品がすごくたくさんあって、その中から検索して探してもらわないといけないわけですが、KDP以外で知名度を上げた上で参入し、実績を上げられるというのはすごく理にかなったやり方に思います。
ただ、「狙って」って逆になかなかできないんですよね。同じ宮崎駿さんの演出塾で一緒に学んでいた仲間も演出になっているんですけど、向こうは宮崎駿っていうのがいるので、何やっても似たものになってしまう。その彼らの苦悩が可哀そうで。
「ナウシカ」を作らなきゃ!ってなると絶対に面白いものはつくれないですよ。道すがらで「あ、これはナウシカになるかもしれない」とかじゃないと。偶然とか奇跡というものが積み重ならないとああいう作品って生まれないので、本当に転がり続けるしかない。転がっていろんなものを見つけていくしかないんですよね。
――KDPで出版するにあたって手続きなどで苦労した点はありますか?
僕が参入したころには完全に(仕組みが)できていたので、苦労という苦労はそんなにないです。先行の鈴木みそ先生とか、うめ先生が頑張ってくれたおかげですね。
ただ、やっぱり広めるのは本当に難しいですね。特に若い子たちに向けては、まだまだ工夫が足りないな、と思います。でも、難しいところなんですよね。単に売れたいんだったらこんなの描いてないって感じで(笑)。何か興味を持ってもらうきっかけが欲しいですね。(本を)開いてくれると面白がってくれる、ってのはあるんですよ。
――KDPで作品が埋もれない秘訣があるのでしょうか?
僕の個人的なところでは、KDPだけでなく、色々なところに、放射状に情報を仕掛けておく、というのがあります。内容もそうなんですが、どこか引っかかってくれれば良い、という作り方をしています。それは雑誌とかではできない事なので。
あとは、長くやるってことですよね。最初それが目算としてあったので、これは長く描ける題材だと。あと打ち切りがないのでとりあえず長くはやれるぞ、と(笑)。とにかく長くやっていれば勝敗判らないぞ、という感じですね。
――KDPでの課金に踏み切ったきっかけは何でしょう。周りの助言などがあったのでしょうか?
自分の判断ですね。雑誌とか「うちで描いてみませんか」という話をいただいたりもするんです。
ただ、そこで元の自分に戻ってもしょうがないという不安がありまして。とりあえず、ここまで来たんだから一回自分の好きなものをとことんやってみて、そこからそぎ落とすなりなんなりしてメジャー化させていこう、と思いまして。
最初は課金とかも全然考えていなかったんですが、予想以上に描いていて面白くなってしまって、後に引けないところまで行っちゃってたんですよね。このままこの家族の行く末を描いてみたいな、という気持ちがどんどん出てきてしまって。
――作品の既にある世界を壊されたくない、というのもKDPを選んだ理由ですか?
僕はいわゆる普通のマンガ雑誌で育ってきたんですが、もうホント辛いこともあったんですよ。1回目から主人公を泣かせる、とかそういう作り方をすることもあって。それをやるとどうなるかというと、暗い話になるんですよ、間違いなく。それを読む方も結構陰鬱な気持ちになっちゃうんです。
「ドラゴンボール」の前半みたいな作り方ってできないんですよ、今って。もうちょっと呑気な構え方でないといけないんじゃないかな、と思います。暗いやつ、追い詰められたやつだけではない、他のものを見たい人もいると思うので。そういうのが、読者さんにも伝わっていると有難いんですが。
あと、媒体を選ぶのも結構難しいのもあって。特に群像劇だったり、テーマが多岐にわたるのもあって、商業的に考えると色々言われるだろうな、と。アニメの演出家を描くというのは結構ハードルが高くて、下積みとか考えると主人公が30越えちゃうんです。それを主人公にして描くとおっさんが主人公になっちゃうな、ということで親子二人主人公の形を作ったのですが、これは商業では難しいな、と。
――そんな中、星海社さんから書籍化されています。これはどういったきっかけですか?
色々お声はかかっていたのですが、星海社さんは以前にお世話になった編集さんも居たので、この人たちならば信頼しても良いのではないかと思いました。
――KDPに作品を公開して良かったことはありますか?
やっぱり知らない人に作品を見てもらえる、という事ですね。それがなければ星海社さんに見てもらう事もなかったと思うので。自分の現状に満足できなかったり、違う世界に行ってみたい、という人には違う世界が待っていると思います。特に、電子書籍は読者層が結構上なので、変わったものを持っている子はフィットするんじゃないかと思います。
――自分でマンガを出版していける流れについて、どうお考えですか?
とにかく、全部自分で考えるんですよね。今回の『アニウッド大通り』の1話もかなり描き直していってるんです。それも、ちょっとずつちょっとずつ更新していってるんですが、中々商業だとそういう風にはできないし、単行本化するまでに結構時間があるわけです。その間に色んなことを考えられるので、熟成期間が長いというか、より手が込んだものを描ける利点があるので、本当に凝ったものが描きたい人がKDPを選ぶと、とても面白いものが生まれるのではと思います。
――自分で全てコントロールしたいとか、どうしても譲れない部分があるという作家さんにとっては選択肢の一つとしてKDPは魅力的ということですね。
描写一つにもこだわる人は徹底的に熟成させたものをようやく出す、逆に随時更新し続けるというような、そういう人が出てくると面白いですね。
――作家側にとってKDPはどんな使い方をするのが良いでしょうか?
KDPにマイナスイメージが付くとマズイな、というのはすごく感じます。「商業がダメだったからKDP」という風に思われると、ちょっと悲しいなと。そこが上手く払拭できればな、と思います。
自分も人の事言えないのですが、電子書籍はどうしてもマニア向けの作品が増えてきてしまう傾向があると思います。そうなった時に、場末みたいな感じがしちゃうとまずいなと思うので、明るいイメージをなんとか作っていきたいなと思います。
――これからデビューする若い人たちにも、KDPはお勧めできるものですか?
最初からこれだけ、っていうのは難しいかもしれません。いろんな活動の仕方を考えて、その中にKDPがある、というのが理想だと思います。全く誰にも作品を発表していなくて、いきなりKDPにしました、というのはよっぽど名のある人じゃないと難しいかもしれません。
――さて、CLIP STUDIO PAINTではアップデートにより、作品データをそのままAmazon Kindleフォーマットで保存することができるようになりました。
同人系の人たちがあまりKDPに参入してこないのが不思議で、もっと来ればいいのにな、とは思っています。この機能で身近になってくれれば良いと思います。試すことはすごく簡単なので、たとえば30ページとかポンと載せるのはすぐできると思います。
KDPが盛り上がるには、やっぱり象徴的な人が出てくることですよね。機能というよりも、人で引っ張っていくしかないんじゃないかな、という気もします。
――先生がまさにその象徴となっていただく、ということで!
いやいや(笑)。僕は同人イベントには面識がなかったので、何とか頑張って架け橋を作れたらな、と思います。
――そんな先生から、これからマンガ家になろうという若い世代に向けて何かメッセージを。
若い子たちってみんな絵が好きなんですよね。でも、内容とか目に見えない事の方が重要だよ、って思います。マンガ家って、ブラックボックスをどれだけ持っているのかという所にかかっているので、それは目に見えてパクれる技術ではないので、そういう所に関して興味を持ってくれると良いな、ってすごく思います。若い頃って技術的なもの好きですからね。
僕らの世代もそうだったんですが、とりあえずスクリーントーンだけ集めてみるとか、形から入りたくなっちゃうんです(笑)。でもそこから先、というか「描きたいものは何なの?」っていう事になっていくので、長くやるには。
――自分と違う世代の作品だったり、違う価値観に触れることで先生の言うブラックボックスだったり、分からない部分を想像できたりもしますよね。
割と今回の作品でもそういうものをテーマとしているというか。最近って、学生だったら学生しか出てこないとか、家庭が一切出てこないとか、すごく狭い世界だけで進んでいるものが多いので、違う世界もあるよというのを見てくれると、新しい発見があるんじゃないかと思います。
――長く続けるコツはありますか?
あまり落ち込みたくないですよね。やっぱり楽しくあるべき、というか。本当に(自分を)追い詰めて、不健康に不健康にやっていくことが良い結果にはつながらないんですよね。「やってるときは「俺はこれだけやってるぞ!」って思うんですけど、全然結果にならない。
――最後に、先生の方から何か告知はありますでしょうか?
「アニウッド大通り」の2巻が11月10日の発売で、すでに発売しています。来年の1月末に3巻が出る予定なので、そちらもよろしくお願いします!
まとめ
自身のキャリアについて「マンガから離れてブラブラしていた」と自虐的に語る言葉とは裏腹に、記伊先生が常に自分の作品に、そしてマンガ作りに真摯に向き合ってきたことを、このインタビューを通じて感じました。『アニウッド大通り』のKDPでの成功は、決して計算と戦略だけによって得られたわけではなく、いくつかの偶然と、何より作品の持つ力によってここまでの広がりを見せました。ですが、その過程を俯瞰すると、後に続く者にとってのヒントに満ちています。KDPの特性やメリットを理解して、作品発表の場として上手に利用したいですね。