第2回 漫画家になる人が知っておくべきキャラクターの基本
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[1]「魅力的なキャラクターを創れば、その漫画はヒットする」
[2]漫画家になりたいなら、続けるべき3つの習慣
[3]キャラクター創りの基本《三角方程式》とは
[1]「魅力的なキャラクターを創れば、その漫画はヒットする」
1987年、一人の青年が劇画村塾に入塾しました。
それまで彼は5年間、漫画家になるために仕事を辞め、必死に努力を続けてきましたが、デビューはおろか、自分が納得できる作品を創ることさえままなりませんでした。
藁をも掴む思いで劇画村塾に入塾してきた彼は、入塾当日、それも開講式の最初の5分で「これで授業料の元は取った」と思ったそうです。
《漫画はキャラクターだ。魅力的なキャラクターを創れば必ずヒットする》
5年もの間、一人で試行錯誤を続けていた彼は、そのひとことで、全て理解しました。彼は漫画家としてデビューし、個性的なキャラクターを創って、ヒット作を連発するようになりました。
その男の名は板垣恵介といいます。
今も昔も、漫画家や原作者を目指す若い人たちに僕が教えることはただひとつ。《キャラクターを起てろ》ということです。
作画の技術は、ある程度のレベルまでは、描けば描くほど上達します。しかし「どうすればヒットするのか」は、どんなに描きまくったところで、見つかるものではありません。それは、試行錯誤しながら、自分で見つけ出すしかないのです。
人を惹きつける《キャラクター》の創り方、動かし方、活かし方。
それを見つけるまでに、僕の場合は、10年かかりました。
長い間、僕は一人で考え続け、闇の中をさまよい続けて、結果10年間遠回りしたのです。板垣恵介は5年遠回りしました。
かつての僕や板垣と同じように、現在、真っ暗な迷路の中をさまよい続けるような日々を過ごしている人がいるとしたら、僕の言葉はそんな人にこそ、届いて欲しいと思います。
《漫画はキャラクターである》。これは救いの言葉になるはずです。この言葉を噛み締めて、作品創りに活かし、暗闇から出てほしいのです。
この方法論を、もっと早く、多くの人に伝えたい。そうすることで、多くの人の創作での悩みを取り除くことができると信じています。
だからこそ、僕はこれを若い人たちに教え、無駄な時間を過ごさなくていいように考えたのです。
1977年に劇画村塾を開講し、キャラクターの重要さや、ヒットの法則などを教え、そこから高橋留美子や原哲夫、堀井雄二、板垣恵介といった多くの出身者が漫画やゲームの世界に巣立っていきました。
その後も、2000年に始めた大阪芸術大学の小池ゼミからも、椎橋寛や森橋ビンゴ、険持ちよ、矢寺圭太ら、多くの作家が巣立っていきました。現在は東京の渋谷でキャラクターマン講座を開講しています。
また、来年(2014年)4月には、「大阪・南港」に漫画家や、アニメーター、ゲームプロデューサー、声優、ダンサーといったクリエイターを養成し、世界に向けて強力なコンテンツを発信する大阪エンタテインメントデザイン専門学校が開学します。僕はキャラクター・ミュージアムの館長として、また別科のキャラクターマネジメントラボの塾長として、弟子たちと一緒にキャラクター創りのノウハウを伝えていきたいと思っています。
創作に迷った時、行き詰まった時は、「漫画はキャラクターだ!」という言葉に立ち返ってみること。そうすれば、光が見えてくるはずです。
それでは、講義を始めましょう。
[2]漫画家になりたいなら、続けるべき3つの習慣
僕は、塾や大学の最初の授業で「漫画家になりたい人は、これを守りなさい」と3つのことを約束します。
1つは「1日3つの顔を描きなさい」。
ノートでもスケッチブックでもいいですから、1日3つのキャラクターの顔を描き、それを毎日続ける。ひたすら続ける。
これを1年間続けられる者はほとんどいません。多くは途中で脱落していきますし、僕も途中でチェックしません。1年の最後の講義の時に「まだ続けている者は持ってきなさい」と言うと、「何かそんなのあったなあ」といった顔をしている学生の中から、分厚いノートの束を持って現れる学生が何人かはいるのです。
プロになった椎橋寛や険持ちよがそうでした。
この課題を完遂した人は、1ヶ月で90個、半年で500個、1年で1000個を越えるキャラクターを描くことになります。当然、1年前とは、比べ物にならないぐらい上達していますし、しだいにキャラクターが育ってきて、そのキャラクターとの対話がはじまり、1人の人間のように、いろんなことがわかってくる。
いつでもどこでも小さなノートを持ち歩いたりして、キャラクターを描くことが、習慣になってくるのです。
一日顔を3つ描くだけですから、簡単なことですが、それを毎日1年間も続けられるかどうかが、漫画家になれるかどうかの試金石にもなるわけです。それだけの情熱、執念があるか、「本当に本気なのか」ということがこれでわかるのです。
2つめは「1日1時間、机の前に座りなさい」。
とにかく、机の前に座ること。そして、それを習慣づけることです。そうしないと、構想を練ることも、ネームを描くことも、原稿を描くこともできません。
これも、簡単に思えて、難しいことです。家には様々な誘惑があります。テレビでは人気番組をやっているし、ゲームもある。漫画や雑誌も転がっている。台所には食べ物もある。携帯やインターネットもある。
それでも机の前に座って、作品について、キャラクターについて考える。そして、それを毎日続けて習慣づける。これも劇画村塾の初めから教えてきたことです。
ただ、高橋留美子に会った時には「昔は1時間じゃなく、3時間座れっていってましたよ。ずいぶん甘くなりましたね」と言われました。
そうかもしれません。
まあ、どちらでもかまいませんので、とにかく毎日、座ってキャラクター創りの習慣をつけること。
これが大事な約束の2つめです。
3つめは「キャラクターを見たらプロファイリングする癖をつけること」。
プロファイリングとは、犯罪捜査などで、限られた情報の中から、犯人の性格や動機、手口などを分析する操作方法のことです。
ここでいうキャラクターというのは、出会った人間もそうですし、流行している作品のキャラクターもそうです。人やキャラクターを分析してみる癖をつける。
たとえば、電車の中で、真冬なのに半袖のシャツを来た人がいたとしたら、その人のことをプロファイリングしてみる。どうして半袖なのか、寒くない人のか、寒いけど理由があるから半袖なのか、あるとしたらどういう理由なのか。外見や行動、しぐさなどからその人を分析して、その背後にあることを、いろいろと想像してみる。
また、漫画やアニメ、ゲーム、映画、小説、CMなどのキャラクターについても、プロファイリングしてみる。作品のキャラクターについて分析し、創り手の考えや狙いなども想像したりすることもキャラクター創りにおいては有益です。
[3]キャラクター創りの基本《三角方程式》とは
さて、キャラクターの基本中の基本をおさらいしてみたいと思います。
僕が教えるのはエンタテインメント作品、漫画やアニメ・ゲーム、映画、小説などの娯楽作品についてです。純文学とか芸術作品については、他の先生に聞いてください。
娯楽作品って何かというと、それを鑑賞することで、作品のキャラクターに感情移入して、見てる人もいっしょにドキドキしたり、ワクワクしたり、スッとしたり。
泣いて涙が止まらなかったり、笑って腹がよじれたり、緊張して体がこわばったり、興奮して鼻息が荒くなったり、恐ろしくて震え上がったり、感動してボーっとしたり。……心が動いて、体がその感情に包まれてしまう。
こんな時、体内ではアドレナリン(不安、危機感)とか、オキシトシン(愛 情)、セロトニン(幸福)、ドーパミン(快楽)、プロラク チン(涙)といった、様々なホルモンが分泌されているわけですね。
それで気分がよくなって元気になったり、逆に落ち 込んだりもする。
これはエンタテインメントに限ったことではありませんが、作品とは、極論してしまえば、見た人の心を動かし、なんらかの脳内物資(ホルモン)を出させて、体にまで影響を与えるもの、といえます。
作者は、この漫画を読んだ人が、どんな心持ちになり、どんなホルモンを分泌するのか……そういうことまで意識できているか、ということが大事なのです。
そして、キャラクターはその心を動かす存在、心の分身です。
それでは、僕が作劇の基本と呼んでいる《三角方程式》について話しましょう。
●主人公は一人では起たない
どんなにカッコいい主人公も、一人では起ちません。主人公が際立つのは、他のキャラクターがいてこそなのです。
どんな格好で、どんな生い立ちで、どんな性格で、ということを綿密に決めていても、何も事件が起こらなければ、そのキャラクターは単なる設定の集まり、データの羅列にすぎません。
そこで、必要なのが「ライバル」の存在です。
ヒットする物語には主人公とそれに対する敵やライバルがいます。
そして、主人公には、人を惹きつける温かい魅力「オーラ」をつける。ライバルには、人を畏れさせ、従えてしまう冷たい魅力「カリスマ性」をつけましょう。
さらに、主人公には弱点を、ライバルには欠点をつけましょう。
主人公はいくら強くても、どこかに弱点をつけておく。北欧神話の英雄ジークフリードは、龍の血を浴びて鋼のような体を手に入れましたが、背中に葉っぱが貼り付いていたため、そこだけ龍の血を浴びずに弱点として残りました。敵にそこを突かれたら死んでしまいます。
読者は、敵がそこを狙おうとしているのを見て、「危ない!」と思うわけです。
ライバルにつける欠点は、勝負における弱さ、弱点ではなく、人間的な欠陥のことです。性格が悪い、怒りっぽい、傍若無人、欲深いといった、性格におけるマイナス点をつけるのです。
「オーラ」と「カリスマ性」、「弱点」と「欠点」に ついては、今回は要点だけお伝えします。簡単に言えば 「主人公」にはあなたが好感を持つ人の特徴を、敵対す る「ライバル」には、あなたが「苦手だな」と思う人の イヤな部分をつけてやるといいのです。
そのためには、日頃の人間観察が重要になってきま す。カッコいい人、面白い人、好きな人だけでなく、イ ヤな人に出会った時も、この人のどこが嫌いなのか、な ぜ感じが悪いのか、といったことをプロファイリングし て、キャラクターを貯める「キャラクターボックス」に 入れておきましょう。不快な思いをしても、それが財産 になります。
●《ドラマ》とは対立を描くもの
主人公には弱点、ライバルには欠点をつけ、物語はこの二つのキャラクターの対立を描いていく。これは基本パターンです。
もちろん例外もたくさんありますが、まずは基本をおさえましょう。
善VS悪、勧善懲悪というと、時代劇や特撮ヒーロー物などが連想され、「ベタ」だとか、「子供っぽい」とか「古い臭い」いう印象があるかもしれません。
確かに使い方によっては陳腐な感じになってしまうかもしれませんが、この勧善懲悪の構造は、太古から伝わる普遍的なスタイルであり、世界中の神話・伝説・昔話と同じ構造を持っています。
人間の心理の本能に根ざした物語の構造なのです。
ようは、新しいキャラクターで、見せ方を工夫すればいいのです。
人はいつの時代も、正しい者が悪しき者を懲らしめる物語にカタルシスを感じます。古い時代の人々は、こういった物語によって、道徳や社会のルールなどを学んでいました。
いわば「物語」が社会のルールを決め、秩序を保っていたわけです。
その代表が『聖書』といえるかもしれません。
僕は、いつも最初の授業で「世界最大のキャラクターはイエス・キリストである」「永遠の二番手キャラクターは悪魔である」と教えています。悪魔は、強大な力を持ちながらも、キリストには勝てません。
悪魔が強ければ強いほど、それをものともしないキリストの威光は増し、その力は引き立ちます。
正しい主人公と、それを邪魔する、悪の存在の物語です。
現代でも、ハリウッド映画を眺めて見て下さい。キリスト教に根ざしたアメリカ社会を舞台にした作品では、直接的に描かないにしても、神と悪魔の姿が見え隠れしています。
すこし脱線してしまいましたが、要するに「人間という生き物は《主人公VS敵対者》という対立構図の物語が、本能的に大好物なのだ」ということを憶えておけばいいのです。
《ドラマ》の語源となった《ドラマツルギー》とは《対立》とか《葛藤》という意味です。ドラマとはAとBの対立とその解決、ということです。こんがらがった関係を、いかに気持ちよく解きほぐして、カタルシスを体験させてやるか、というのが、ストーリーテラーの役割なのです。
よく「恋愛ドラマやホームドラマも《敵》が必要ですか」と聞かれます。
恋愛漫画やホームドラマ戦いをするわけではありませんが、それでも恋のライバルや、イヤミな先輩といった主人公の邪魔をするキャラクターが出てきて、主人公を傷つけたり、悩ませたりします。
人生にはいろんな問題が起こります。主人公の障害となるのが、人間でない場合もあります。事故や災害、運命それをキャラクターに仮託すれば、わかりやすくなります。
「悪」を引き受けるキャラクターを創るのです。
●主人公やライバルではなく、引き回し役に喋らせる
主人公や、敵対するライバルには、あまり自分のことをベラベラ喋らせてはいけません。
人は自分のことをあれこれ喋りまくる人間をあまり信用しませんが、第三者の語る言葉は信じます。
例えば、ある人が「俺は昔、こんなに強かった」みたいな武勇伝を語るよりも、まったく利害関係のない第三者が「あの人はすごかった」と言った方が、信用できます。
キャラクターも同じです。主人公やライバルに喋らせてはいけません。周囲のキャラクターに喋らせましょう。
そのために必要なのが「引き回し役」の第三者のキャラクターです。僕はこれを「トリッカー」と名づけました。(あまり普及していませんが)。
主人公の周囲にいて、説明役になってくれたり、あるいは主人公とライバルとの間で立ちまわったり、余計なことをしてトラブルを起こしたり……さまざまに立ちまわります。
「主人公」VS「ライバル」という対立するキャラクターに加えて、「引き回し役」のキャラクターの三者の配置することで、物語を円滑に進めていくことができます。
「引き回し役」は物語にとっての潤滑油であり、そして作者にとっても便利なキャラクターであるといえると思います。
●まず「悪」よりはじめよ
私は最近、アメリカの連続ドラマのDVDをよく観るのですが、たいてい最初にドーンと悪い事件が起こる。
凄惨な事件や、派手な爆発、バイオレンス、エロス、カーチェイス、事故、災害、悲劇、そして恐ろしい、極悪のキャラクター。
観る者の脳から何らかの脳内物質(ホルモン)が出る「悪い展開」が起こって、観る者の心身に凄いインパクトを与える。
もちろん、実際には自分の身には起こって欲しくない「悪いシーン」なのですが、それが観る者を釘付けにする。
その後に、主人公が登場するのですが、観る人には、主人公が物語の中で何に立ち向かっていくべきか、何をなすべきなのかが、すでにわかっている。
「悪」が、先に出ているからです。
ところが、初心者に多いのは、いきなり主人公を一人だけ出してしまうのですが、やることがないからキャラクターも起たない。
主人公が一人出てきてピョンピョン飛び跳ねたり、自分でベラベラ喋らせてしまったりする人がいますが、これは最低のやり方です。
主人公も、ライバルも、引き回し役もいるのに、どうもキャラクターがうまく動いていかないと悩んでいる人は、悪いキャラクター、悪い事件、悪いイメージ、悪い言葉……最初に主人公や社会、読者にとって「悪いもの」を描くようにしてみましょう。そして、その後に主人公を出すのです。
それまでの苦労がウソのように、話が転がり始めることでしょう。
次回は漫画の重要要素である「構成・構図・消去」の極意や、魅力あるセリフの生み出す「日常/非日常」「遠い言葉/近い言葉」、いかにして最初の難関である「編集者の壁」を越えられるのか、など、さまざまなテクニックをお話ししてみたいと思います。
小池一夫はアラエイ(アラウンド80)ですが、東はキャラクターマン講座、西は大阪エンタテインメントデザイン専門学校と、東京と大阪を行ったり来たりしながら、《キャラクター》創りの伝道師として、一人でも多くの人をプロの世界に導くために奮闘しております。
「漫画家になりたい」「クリエイターとして生きていきたい」「夢を夢で終わらせたくない」方の《入門》をお待ちしております。
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